不動産売買で出てくるわかりにくい言葉の一つに「危険負担」があります。
現代風に言うと「リスクテイク」といったところでしょうか。
危険負担とは、目的物が契約締結後から引渡までに、天災地変等、売主と買主のいずれの責任でもない理由で滅失・毀損した場合における売主の補修義務及び両当事者の契約解除権について定めた条項のことです。
危険負担は、2020年4月以降の民法(以下、「新民法」と略)においても改正ポイントになります。
ただし、改正内容は今の取引実態にあったものとなるため、実務上は大きな影響はありません。
新民法では、今の不動産売買では用いられていない債権者主義が排除されます。
危険負担は、言葉そのものが聞きなれず、また債権者主義や債務者主義といった概念も登場することから難しく感じている人もいらっしゃるのではないでしょうか。
そこで、この記事では「危険負担」についてわかりやすく解説致します。
この記事を読むことで、危険負担とはどのようなものか、民法改正では何がどう変わるのかについて知ることができます。
ぜひ最後までご覧ください。
この記事の筆者:竹内英二 (不動産鑑定事務所:株式会社グロープロフィット代表取締役) 保有資格:不動産鑑定士・宅地建物取引士・中小企業診断士・不動産コンサルティングマスター・相続対策専門士・賃貸不動産経営管理士・不動産キャリアパーソン |
1.危険負担とは
危険負担とは、売買契約締結後、引渡前に目的物が火災・地震・台風などにより損害を受け、両当事者の責任がない場合、その損害に対して売主、買主どちらがその損害を負担するかを定めた条項です。
「危険」とは、売買契約から引渡までの間に物件に発生する滅失や損傷のリスクを指します。
「負担」とは、売主または買主が負う経済的負担のことです。
危険負担を理解するには、まず不動産売買の流れを理解する必要があります。
不動産の売却は、売りに出したらすぐに決まるわけではなく、買主の決定まで3ヶ月ほどの時間を要します。
買主が決まると、書面で売買契約を締結します。
不動産は一度に取引される金額が大きいため、書面できっちり売買契約書を締結するのが通常です。
売買契約は、あくまでも書面の契約締結だけであり、物件の引渡しはその1ヶ月後に行います。
売買契約時点では、買主からは手付金だけ受領し、1ヵ月後の引渡時点で残金を受領するのが通常の流れです。
所有権の移転は、引渡時ですので、売買契約締結から引渡までの間の所有権は、まだ売主のままということになります。
通常、買主は不動産の購入に住宅ローンなどを組むことが多いですが、そのローンの審査には売買契約書が必要です。
買主は、売買契約から引渡しまでの間に、ローンの審査を通し、引渡時に残金の入金を行います。
売主は、売買契約から引渡しまでの間に引っ越しなどを行います。
そのため、売買契約から引渡までの間は1ヶ月程度空ける必要があるのです。
ところが、売買契約から引渡までの間に時間が空いてしまうと、今度は別の問題が生じます。
その問題とは、売買契約から引渡しまでの間に、天災地変があり、物件が滅失してしまうかもしれないというリスクです。
滅失した場合、既に売買契約はしたため、買主はそのままお金を払うべきなのか、それとも売主は入金を諦めるべきなのかという問題が生じます。
要は、どちらが損を負担するのかということについての取決めが「危険負担」なのです。
結論からすると、不動産の取引では危険負担は売主が負担します。
理由としては、買主の支配下にない目的物の減少・毀損の責任を買主に負わせるのは不公平だからです。
実際、売買契約から引渡までの間は、所有権は売主のままですし、売主自身も住んでいることもあります。
物件が売主の支配下にあるのに関わらず、買主に危険の負担を負わせるのはあまりにも不公平だという理由から、危険は売主に負担させているのです。
このように、危険を売主に負担させることを「債務者主義」と呼んでいます。
危険負担は、売買契約から引渡までの間が1ヶ月もある不動産取引ならでは生じる問題です。
通常、スーパーで買い物する場合など、売買契約(口頭契約)と引渡が同時なので、時間的な隙間は生まれません。
契約と同時に所有権が変わる取引では、危険負担を取り決める必要はないのです。
尚、滅失や損傷に関しては、「いつ」、「どのような原因」で生じるかで責任の内容が変わります。
まず、売買契約から引渡までの間に売主の責めによらない滅失・損傷が生じた場合は「危険負担」となります。
次に、売買契約から引渡までの間に売主の責めによる滅失・損傷が生じた場合は「債務不履行」となり売主が責任を負います。
3つ目として、売買契約前に滅失があれば、そもそも「契約不成立」ということです。
4つ目として、売買契約前に損傷があれば、それは「瑕疵担保責任(契約不適合責任)」の問題として処理され、売主が責任を負うことになります。
瑕疵(かし)担保責任については2020年4月の民法改正により契約不適合責任へと変わります。
契約不適合責任については、以下の記事で詳しくご紹介していますので、ぜひご参照ください。
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2.債権者主義と債務者主義
危険負担では、債権者主義と債務者主義というわかりにくい言葉も登場します。
売主も買主も、それぞれ債権者でもあり、債務者でもあるため、債権者や債務者は誰のことを指しているのか非常に分かりにくいです。
不動遺産の売買では、物件の引渡しを中心に考えると、売主には物件引渡義務があり、売主は債務者になります。
一方で、代金の支払いを中心に考えると、売主には代金請求権があり、売主は債権者です。
まず、危険負担では、物件の引渡しを中心に考えるのがルールとなります。
そのため、売主は「債務者」、買主は「債権者」です。
不動産の取引では、危険は売主が負担することから、危険負担は「債務者主義」を採用しています。
ところが、2020年3月末までの民法(以下、「旧民法」と略)では、以下のようなケースで「債権者主義(買主負担)」を原則として規定しています。
(債権者の危険負担)
旧民法第534条
1.特定物に関する物権の設定又は移転を双務契約の目的とした場合において、その物が債務者の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、その滅失又は損傷は、債権者の負担に帰する。
特定物とは、不動産や絵画、中古品売買などを指します。
双務契約とは、契約当事者がお互いに対価的関係にある義務を負いあう契約です。
売買契約は典型的な双務契約になります。
旧民法第534条によれば、不動産のような特定物の売買契約では、債権者(買主)が負担することとなっています。
そのため、民法の原則からすると、危険負担は本来なら買主が負担すべきなのです。
ただし、この民法の原則は、契約の成立と同時に所有権が移転する取引を想定しています。
不動産の取引では、契約の成立と同時に所有権は移転せず、契約から所有権移転までは1ヶ月も期間が空くのが通常です。
1ヶ月の間は、特定物はあくまでも債務者(売主)の支配下にあり、債権者(買主)のもとには有りません。
それにも関わらず、危険の負担を債権者(買主)に負わせるのは非常に酷であり、批判も多いのが実態です。
よって、不動産の売買では「商習慣」として危険負担は債務者主義(売主負担)を採用しており、民法の原則とは異なる取決めをしていることになるのです。
民法の規定は、その多くが「任意規定」と呼ばれるものになります。
任意規定とは、当事者の合意があれば、異なる規定を定めても有効な規定のことです。
旧民法第534条も任意規定ですので、不動産売買契約の中で債務者主義を定めても、その条文は有効となります。
不動産の売買は、特定物の売買でありながら、民法の原則とは異なる債務者主義(売主負担)を商慣習で採用していることを理解しておきましょう。
3.売主負担(債務者主義)となっている条文
この章では、不動産の売買契約で、危険負担がどのように定められているかについて解説します。
危険負担は、条文では「引渡し前の滅失・毀損」といった名称で定められていることが多いです。
典型的な危険負担の条文は以下の通りになります。
(引渡し前の滅失・毀損)
第○○条 本物件の引渡し前に、天災地変その他売主又は買主のいずれの責にも帰すことのできない事由によって本物件が滅失したときは、買主は、この契約を解除することができる。
2 本物件の引渡し前に、前項の事由によって本物件が毀損したときは、売主は、本物件を修復して買主に引渡すものとする。この場合、売主の誠実な修復行為によって引渡しが標記の期日(E)を超えても、買主は、売主に対し、その引渡し延期について異議を述べることはできない。
3 売主は、前項の修復が著しく困難なとき、又は過大な費用を要するときは、この契約を解除することができるものとし、買主は、本物件の毀損により契約の目的が達せられないときは、この契約を解除することができる。
4 第1項又は前項によってこの契約が解除された場合、売主は、受領済の金員を無利息で遅滞なく買主に返還しなければならない。
1項では、買主の解除権を定めています。
買主は契約解除できるので、売買代金を払わなくても良いということです。
つまり、危険負担は債務者主義(売主負担)になっています。
2項は、修繕可能な損傷の規定です。
修繕可能であれば、売主の費用負担によって修繕し、買主へ引渡します。
3項は、修繕が著しく困難なときの規定です。
滅失している場合や、修繕できるけれども過大な金額を要する場合などは、売主にも解除権を認めています。
例えば、売買代金が500万円なのに修繕費用が300万円もするようなケースでは、過大な費用と考えることができます。
4項は手付金の扱いの規定です。
不動産の取引では、売買契約時に手付金を受領し、引渡時に残金を受領します。
そのため、売主は売買契約時点で手付金を受領している状態です。
危険負担で契約が解除された場合、買主には当然、帰責事由がありません。
よって、売主が預かっていた手付金は、買主へ返還することとなります。
4.改正民法の内容
新民法では、特定物の売買について債権者主義(買主負担)の規定は廃止されます。
新民法では、売買当事者に責任がない事由によって物の引渡ができなくなった場合、債権者(買主)は売買代金の支払を拒むことができます。
これは新民法第536条1項に規定されます。
また、債権者(買主)の責任によって物を引渡すことができなくなった場合には、債権者(買主)は売買代金の支払を拒むことができません。
これは新民法の536条2項前段に規定されます。
少し想定しにくいですが、例えば売買契約から引渡しまでの間に、買主が放火して物件を滅失させたようなケースでは、買主は代金を支払わなければならないということです。
当然の規定と言えるでしょう。
以下に、新民法の条文を示します。
(債務者の危険負担等)
新民法第536条
1.当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2.債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
条文の中で「債権者」は「買主」のことです。
「債務を履行することができなくなったとき」とは、「物の引渡をできなくなったとき」のことを指します。
「反対給付の履行を拒む」とは、「売買代金の支払いを拒む」ということです。
民法改正は、債権者主義(買主負担)が撤廃されたため、大きな変更ですが、実務上は元々債務者主義(売主負担)を採用していたことから、改正後の影響はほとんどありません。
今回の改正は、むしろ民法が実態の取引に合わせた形になるので、危険負担についてはスッキリした改正であるといえます。
理解しにくかった債権者主義が今後は排除されますので、新民法では危険負担が単純でわかりやすくなったと言えるのです。
5.まとめ
以上、危険負担について解説してきました。
危険負担とは、売買契約から引渡までの間に目的物が火災・地震・台風などにより損害を受けたとき、その損害を売主、買主のどちらが負担するかの定めのことです。
不動産の売買では、商習慣として危険は売主が負担します。
旧民法の規定では、特定物の危険負担は買主が負う(債権者主義)ことになっていましたが、新民法では債権者主義が撤廃されます。
新民法は、現在の不動産実務に沿った形で法律が変わるので、危険負担に関しては、実務と法律条文が同じになったと理解しておけば良いでしょう。
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